トイレでヤマブキ

エリカがサクランヌとコンビを組んでから1週間が過ぎた。 すなわち手乗りドラゴンのタマゴを入手してからも1週間。 エリカはドラゴンのタマゴを入手してから胸の谷間で温め続けてきたが、そのタマゴが孵化しようとしていた。

それはエリカが冒険者ギルドのトイレで用を足しているときだった。 便座に座るエリカの胸元でカリカリッと聞き慣れない小さな音が響いたのである。 エリカは即座に理解した。 手乗りドラゴンが孵化しようとしているのだ。

「生まれた場所がトイレだなんて、ちょっと可哀想かも」

エリカは排泄行為を済ませてしまおうと急ぐが、思うように捗(はかど)らない。 しばらく続いていたカリカリ音が、やがてパキパキ音へと変わる。

「ヤバっ、もうこれタマゴから顔ぐらい出てるかも」

便座に座ったまま胸元をはだけて中を覗くと、ドラゴンの可愛らしい爪がタマゴの殻に開いた裂け目から出て、殻を壊そうとしていた。

エリカはタマゴを胸元からそっと取り出して手の平に載せる。 胸元に入れていただけあって暖かい。

タマゴの殻を指でパキパキと折り取って開口部を広げてやると、ミニチュア・サイズのドラゴンがタマゴから顔を突き出し、エリカの顔を見て「ピギャー」と鳴いた。

ドラゴンを傷つけないように注意しながらパキパキと殻を壊し開口部をさらに広げてやると、ドラゴンがタマゴからエリカの手の平の上へと這い出て来る。 ドラゴンの爪が当たって手の平が少しチクチクするが、見た目も仕草も可愛らしい。

「可愛いー!」

トイレの個室で便座に腰掛けて叫ぶエリカ。 個室の外では他のトイレ利用者がエリカの声に少し驚いている。

ドラゴンは4本の足のほかに一対の翼が背中から生えている。 ドラゴンの体色は黄色、つぶらな小さい瞳は漆黒、「ピギャー」と叫ぶ口の中はピンク色である。 よく見ると皮膚は小さな鱗で覆われている。

「エサとか何をあげればいいんだろう? サクランヌさんに訊いてみよう」

エリカは汗ばむ手の平の上にドラゴンを乗せたまま排泄行為を済ませると、急いでトイレを後にした。



「うわっ、手乗りドラゴン? まさかトイレで生まれちゃったの?」

酒場のカウンター席に座るサクランヌが素っ頓狂な声を出した。

サクランヌが驚くのも無理はないだろう。 「お手洗いに言ってくるね」と手ぶらで出かけたエリカが、手乗りドラゴンを手の平に乗せてトイレから戻ってきたのだから。

「そうなの。 それでね、手乗りドラゴンのエサについてサクランヌさんに教えて欲しいの」

「んー、虫とかでいいんじゃないかな?」

「ムシと言うと?」

「ハエとか、蚊とか... あとはダンゴムシとか?」

「ダンゴムシなんて本当にドラゴンが食べるんですか?」

疑わしそうに問い返すエリカ。 前世の知識に照らしてみても、トカゲはダンゴムシなんて食べなかった気がする。

「じゃあミミズとかどうかな?」

「サクランヌさん、実はドラゴンが何を食べるか知らないんじゃ?」

「シルヴァリンの知恵をみくびらないで。 知らなくってもアドバイスはできるもん」

「シルヴァリンの知恵でヤマブキがお腹を壊したらどうするの?」

「ヤマブキって、そのドラゴンの名前? もう名前つけたの? はっ、まさかトイレで生まれたからヤマブキって名前に...?」

「ちっ、違うわよっ!!」顔を赤くして否定するエリカ。「ウロコの色が黄色だから、山吹色ってことでヤマブキにしたの!」

「はっ、まさかトイレで生まれたからウロコの色が黄色になったんじゃ...?」

「もー、いいです!」

サクランヌがしつこくからかうのでエリカはとうとう腹を立ててしまった。

「ゴメンゴメン、からかいすぎたよ。 トイレでドラゴンが生まれたってのが面白くて、ついね」

サクランヌは意外にシモネタが好きなのだ。

ここで、それまで2人の会話を黙って聞いていた酒場のマスターが口を開いた。

「手乗りドラゴンはなんでも食べるよ。 肉の切れ端でもいいし、パンや野菜だって食べる。 エサをあげずにいれば、適当に自分でエサを捕まえて食べるしね。 芋虫やミミズ、それにダンゴムシなんかを」

マスターの説明を聞いたサクランヌが勝ち誇る。

「っ!? ほらっ、ほらほらっ、エリカちゃんっ、今の聞いた? 手乗りドラゴンはミミズやダンゴムシなんかを食べるんだってよ。 やっぱり私が言った通りじゃん! 私が推理した通りじゃん!」

「サクランヌさん、やっぱりドラゴンのエサについて知らなかったでしょ。 とにかくヤマブキには絶対にミミズやダンゴムシなんて与えません」

そう言ってエリカはマスターにヤマブキ用の生肉を注文するのだった。

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