霊泉への道のり

エリカとサクランヌは討伐隊と分かれて、エリカの呪いを解くため霊泉へと向かうことになった。 ハマジリの町よりもラットリング集落跡地のほうが霊泉に近いのである。

「そうか、エリカ君は呪いにかかっていたのか」とフスティン。「ラットリングの死体の後始末はオレたちに任せて早速行って来るといい」

500匹のラットリングの死体を集めて焼却処分するのも討伐隊の任務の一環である。 これだけ大量の死体を放置していては不衛生だからだ。 火は火魔法で簡単に起こせるが、死体を集めて来るのが面倒なのである。

エリカは皆の好意に甘えさせてもらうことにした。

「ありがとう、フスティン。そうさせてもらうわ。 みんなに1つ借りができちゃったわね」

◇◆◇◆◇

霊泉へと至る森の小道に踏み入ったエリカとサクランヌ。

ヒーラーにもらった薬のおかげでエリカの体調不良は一時的に抑制されているが、『身体能力3倍』が失われた今、エリカの戦闘能力は普通のランクC冒険者と同程度でしかない。 2人だけで森の奥へと入るには心細い戦力だ。

しかし、2人組のもう1人がサクランヌとなると話は別である。 サクランヌが連れている2つの水たまりは状況次第では戦士数十人分の働きをする。

森の小道をサクランヌは機嫌よく歩く。 森の住人シルヴァリンであるサクランヌには森の空気が心地良いのだ。 討伐隊と別れてエリカと2人だけに戻ったのも大きい。 エリカと2人きりのとき、サクランヌは心底リラックスできるのだ。

3時間ほど森の中を歩いたところでサクランヌが言う。

「あと1時間ほど歩くと泉だよ」

「そう? じゃあ、ここからは水を飲むのを我慢しようかな。 喉が乾いてるほうが霊泉の水を美味しく飲めそう」

「私もそうし」

サクランヌの言葉の途中で世界の音が消えた。 音声だけでなく2人の歩く足音も森の音も、一切の音が消失したのだ。 サクランヌがエリカに何かを叫ぶが、その声も聞こえない。

何事なの? エリカが事態を把握できずにいると、横合いの茂みから4人の男たちが飛び出してきて投網をエリカとサクランヌに投げかける。 エリカもサクランヌも網を払いのけられず、2人は網に捕らわれてしまった。

襲撃者たちは全員がそれなりの強さであるらしく、エリカの抵抗は彼らに通用しなかった。 今のエリカは一介のランクC冒険者と同じ強さでしかない。

男たちは網に捕らえられたエリカとサクランヌを地面に引きずり倒すと、うつ伏せにして手際よく後ろ手に縛り上げた。 小さなサクランヌの体が荒々しく地面に押さえつけられる様子は見ていて痛々しい。

1人の男がサクランヌを肩に担ぎ上げ、別の男がエリカに剣を突きつけて歩くように促す。 そうして2人は森の奥のほうへと連れて行かれた。

サクランヌがいつも連れている2つの水たまりは、なぜかサクランヌの後を付いて来ない。 それに気付いたサクランヌは悲痛な顔を見せるが、男の肩に担がれる身ではどうしようもない。 サクランヌは泣く泣く水たまりを諦めるほかなかった。

◇◆◇

男たちに促されて少し歩くと、エリカの耳に音が戻ってきた。 足音や森のざわめき、そして男たちの息遣いが聞こえて来る。

さっき耳が聞こえなかったのはどうして? こいつらは何者? どうしてこんなところにいるの? サクランヌの水たまりが付いて来なかったのは何故?

いくつもの疑問がエリカの頭の中をぐるぐる回る。 我慢しきれなくなったエリカは、いちばんの疑問をぶつけてみた。

「あなたたちは何者? 何が目的なの?」

しかし戻ってきたのは無愛想な返答だけだった。

「黙って歩け」

◇◆◇◆◇

◇◆◇◆◇

それから歩くこと数十分、エリカとサクランヌが連れて来られたのはテントが立ち並ぶ空き地だった。 襲撃者たちの野営地らしい。

野営地には3人の男がいた。 襲撃グループ4人と合わせて7人。 男たちは一体どういう目的で、こんなところで野営しているのか?

エリカとサクランヌは足を縄で縛られて野営地の一角に放置された。 もちろん手も縛られたままである。 男が1人、エリカとサクランヌの監視に立つ。 その監視役の男がエリカは神剣に目を付けた。

「珍しいな、金ピカの剣か」

そう言って男は神剣を鞘ごとエリカの腰から奪い去った。 エリカは無念そうに唇を噛みながらも無言である。 抵抗が無益であると承知しているからだ。

その様子を見ていた者がいる。 筋骨たくましく身長が190cm近くもある男だ。 その男が、エリカから神剣を奪った男に威圧的な口調で言う。

「シンジロ、その剣をこっちに持ってこい」

エリカの神剣を奪った男はシンジロという名前らしい。

「チッ、わかりましたよ隊長」

シンジロは軽く舌打ちして、威圧的な男のほうへ神剣を持っていった。 『隊長』と言うからには、この集団は何かの部隊なのだろうか。

隊長と呼ばれた男は神剣を受け取り、鞘から抜くと目を細めて刀身を眺める。

「金色の刀身... か。 しかも、刀身に傷一つありゃしねえ」

そしてエリカに尋ねる。

「女、この剣をどこで手に入れた? この剣の材質は何だ?」

「女神様にもらったのよ。材質は知らない」

「女神様だと? お前が転生者だとでも言うのか?」

エリカはこの世界の宗教には疎いが、この世界で女神様と言えば転生の女神様しかいないのだろうか。

「そうよ。日本という国から転生してきたの」

「その話が本当なら、この剣には秘められた効果があるはず... おい女、この剣にはどんな効果が秘められているんだ?」

「しっ、知らない」

エリカは隊長から目をそらしながら答えた。 エリカは嘘をつくのがとても下手なのだ。

当然、隊長はエリカの嘘を見破った。

「嘘をつきやがって。 どうやら痛い目に遭いたいようだな」

隊長の色白な頬が瞬時に怒りで赤く染まる。 彼は相当に短気だったようだ。 それともエリカが嘘をついたことでコケにされたと感じたのだろうか。

隊長はノッシノッシとエリカのほうに歩み寄る。「オレがオマエのところに辿り着くまでに正直に答えろ」と言わんばかりに威圧感タップリの歩き方である。

エリカは隊長が撒き散らす威圧感にあっけなく屈した。 『身体能力3倍』フィートを失い呪いに身を冒された彼女は、心が転生前の女子大生の頃に戻っていたのだ。 縄に縛られ不自由な体を恐怖にすくめてエリカは叫ぶ。

「言いますっ! ちゃんと言うからぶたないで」

しかし隊長は歩みを止めず、エリカが縛られて横たわる場所までやって来た。 そしてエリカの腹部に蹴りを一発。 ドスッ。

隊長の大きな足に蹴られて、エリカの小さな体が地面の上を数10cmほどスライドする。 蹴られたのは革鎧の上からだったが、それなりの衝撃がエリカの腹部に伝わり、エリカは「うっ」と声を漏らした。 隣ではサクランヌも身をすくませている。

「言え」

「はいっ。 しょ、所持者の能力に応じて剣の性能が上がります。 あと、その剣は絶対に壊れません」

「ほう。さすがは神器。オレにこそふさわしい剣だ」

団長はエリカの回答に満足気に頷くと、それまで腰に帯びていた剣を外して、神剣を腰のベルトに装着した。

剣を奪われたエリカの心は不安と恐怖と茫然自失で乱れに乱れていた。 神剣がこの手を離れるときが来るなんて思いもしなかった。 女神様、ああ女神様。 あの剣は私専用じゃなかったの? 私以外の人が神剣を使っても良いのですか?

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