サクランヌのアパート

「私のアパートに引っ越して来るといいよ。部屋は空いてるし」

謎の種を入手したあと、エリカが宿屋に滞在していることを知ったサクランヌがそう言って譲らないので、エリカは宿屋を引き払ってサクランヌのアパートに引っ越すことになった。

サクランヌのアパートはハマジリの町で最大の商店街を通った先にあるという。

商店街を歩くエリカとサクランヌ。 と、水たまり。 ラットリングを倒した水たまりがサクランヌの傍らの地面を這うようにして進んでいるのである。

この水たまりはサクランヌが長年にわたり使い込んできたもので、今では特に意識しなくてもこうして操って移動させられるのだそうだ。 地面や床を濡らすこともないので、どこへでも連れて行ける。 商店街の人たちもサクランヌの水たまりを見慣れているようで、水たまりが移動しているのを見て騒ぐ者はいなかった。

商店街には、食料品店や雑貨屋に混じって武器屋や薬屋なども軒を連ねている。 店舗だけではない。 ラノベでおなじみの串焼き屋などの屋台もあり、食べ物の良い匂いをこれでもかとばかりに周囲に撒き散らしている。

「うわー、いい匂い。 何か食べましょうよ」

「そうだね。 じゃあ、あの屋台にしよっか」

サクランヌが指差したのは草原ウナギの蒲焼きの屋台である。

「この世界の人もあの生き物を草原ウナギって呼ぶんだ...」

ウナギの蒲焼は美味しかった。 草原で自分の手で捕まえ焚き火で焼いて食べたウナギも美味しかったが、タレをつけて炭火で焼かれた蒲焼きは正に絶品であった。 「美味しーよ~」

サクランヌと2人で蒲焼きを食べながら歩いていると、エリカに声をかける者がいる。

「よお、そこのお嬢ちゃん。 ドラゴンのタマゴはいらんかね?」

声をかけてきたのは何かの屋台の店主だった。

「ドラゴンですって?」

驚くエリカだったが、サクランヌは冷めた声でコメントする。

「ドラゴンといっても手乗りドラゴンよ」

「手乗りドラゴンってなに?」

「おや、お嬢ちゃんは手乗りドラゴンを知らないのかい? 手乗りドラゴンはな、手のひらサイズの可愛らしいドラゴンだ。 よく懐くしペットに最適だよ」

「やめときなさいよエリカ。 手乗りドラゴンなんてものわね...」

サクランヌはそこまで言ってハッと何かに思い至ったような顔をし、言葉を続ける。

「...エリカちゃんにはピッタリかもしれないわね」

サクランヌの様子に違和感を感じたものの、エリカは屋台の店主のセールストークに丸め込まれ、手乗りドラゴンのタマゴを買ってもいいかなという気になりつつあった。

「ドラゴンのタマゴって、おいくらなんですか?」

「50万ゴールドだよ」

値段を聞いてエリカはびっくりした。 なんて高いのかしら! 詐欺とかじゃないのかな?

「あー、ちょっと高すぎですね」

エリカの買う気はすっかり失せていたが、横からサクランヌが口を出した。

「私がエリカちゃんに買ってあげるよ」

「えっ、そんな悪いですよ」 タマゴごときに50万ゴールドも出すなら他の物を買って欲しいです。

「遠慮しないで。 コンビ結成記念のプレゼントだから」

そう言ってサクランヌは10万ゴールド金貨5枚を財布から取り出して店主に渡す。

「毎度ありっ! ドラゴンはタマゴから孵化して最初に見た者にいちばん懐くからなっ!」

ドラゴンを孵化させるにはタマゴを温め続ける必要がある。 エリカは、さして深くもない胸の谷間にタマゴを埋めて温めることにした。



サクランヌが住むというアパートに着いてエリカは驚いた。 「アパート」という言葉からエリカがなんとなく想像していた安っぽい賃貸住宅とは全く違う、重厚な石造りの高級アパートだったのだ。 広々と静かなエントランスにはコンシェルジュまでいて、サクランヌに挨拶をする。

「お帰りなさいませ、サクランヌ様」

こんな高級そうなアパートなんて家賃を払えない。 ビビったエリカは逃げ腰になってサクランヌに耳打ちする。

「サクランヌさん、こんな高級そうなアパート私には無理です」

「無理って何が?」

「お家賃ですよ。とてもじゃないけど支払えません」

「だーいじょうぶよ。 ランクBのクエストをやってれば、ここの家賃ぐらい余裕で稼げるから。 なんなら、エリカちゃんの家賃を割り引きしてあげよっか?」

「そんなことできるんですか?」

「私のアパートだからね。ここ」

「あー、『私のアパート』ってそういう意味かー。 こんなアパートを持ってるなんて資産家ですね」 50万ゴールドをポンと出せるわけだ。

「まあねー。 冒険者を長いことやってるから」

家賃は大丈夫だというサクランヌの言葉を信じ、エリカはサクランヌのアパートに入居した。 どのみちエリカはこの世界で他に身寄りも無いのだ。

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