長引くラットリング退治

ランクDの冒険者にとってランクFモンスターであるラットリングは格下の相手である。 パグルたち4人は襲って来るラットリングの群れを簡単に倒し、逃げ始めたラットリングをトマシェとワリッキが追いかけていた。

「大変だったね、エリカ。 火傷を負っているから治してあげよう」 そう言うとパグルは手振りを交えながら呪文を唱え始める。 「マピロマハマディプロマット...」

詠唱が完了するとパグルの両手が青白い光に包まれる。 その手をエリカのほうへ伸ばすと青白い光がエリカの体に吸い込まれ、その数瞬後にエリカの額と両手の痛みが治まった。 戦闘がもたらす興奮と緊張で自覚していなかったが、エリカは額と両手を火傷していたらしい。

「痛みが治まったわ。 ありがとう、パグル」

「シャーマンはね...」とマクランドが唐突に語り始める。「普通のラットリングよりも魔法防御力が高いんだ。魔力が高いからね。 あとモンスター・ランクもEだし」

「そうなんですかー」 相槌を打つエリカ。

「そうなんだよ。 それに、ここは養鶏場だ」

「ええ」 エリカはマクランドの話の方向性を掴めず困惑する。

「だから魔法の威力を抑えたのさ。 柵を壊したり地面を吹き飛ばしたりすると補修の手間が増えるだろう?」

「ええ」

コミュニケーションが成立していない2人を見てパグルが助け舟を出す。

「つまり、マクランドはエリカに謝っているんだよ。 爆破の魔法でシャーマンを殺しきれていなかったためにエリカが火傷をしてしまったことをね」

「あー、そうだったんですか。 それなら謝ることなんてないですよ、マクランドさん」

「マクランドは完全主義者だからね。 他人に厳しいが自分にも厳しいのさ」

「パグル、余計なことは言わなくていい」

そうこうするうちにトマシェとワリッキが養鶏場内を逃げる数匹のラットリングをかたずけて、ラットリング退治は完了。 『鷹の爪』は養鶏場のオーナーに挨拶をして帰途についた。



ハマジリの町へと戻る道を歩き始めてしばらくのち、後ろから誰かが大声で呼ぶ声が聞こえる。

「おーい! おーい! 待ってくれ―」

誰だろう? 振り向くと声の主は養鶏場のオーナーだった。

『鷹の爪』の一行は歩みを止めて、オーナーが必死の形相で走り来るのを待つ。 全員の顔に「何事か?」という表情が浮かんでいる。

走り寄ってきたオーナーは息せき切って言う。 「ラッ、ラットリングだ。 また出た」

「さっき倒したのとは別のラットリングが養鶏場を襲っているということですか?」

パグルが状況を確認しようと尋ねると、オーナーは忙しなく呼吸しながら「そうだ」と言わんばかりに激しく頷く。

「何匹ですか?」

「たくさんだ。 50匹ぐらい」 オーナーは未だ呼吸が整っていないため単語で会話だ。

「なんと、50匹もですか...」とパグルが驚く。

「そんなにたくさん現れたとなると、近くに大きな巣でもあるんじゃないのか?」とトマシェ。

「50匹となると... さすがに私たちだけでは無理よね」とマクランド。

「そうだな。 じゃあ... ワリッキ、町までひとっ走りしてギルドに救援を要請してきてくれ」

パグルに言われてワリッキは頷く。 彼は弓を得意とする軽戦士。 装備が身軽なので移動能力が高いのだ。

しかしエリカがパグルの判断に異議を唱える。「町まで走るならワリッキより私のほうが速いわよ?」

「たしかにそうだが、エリカは戦力として重要だ。この場に残ってもらいたい」

エリカはビギナーの自分が戦力として評価されてるのを嬉しく思ったが、同時にパグルの言葉が暗示する意味にも気付いた。

「ねえ、ひょっとして私たちだけで50匹のラットリングと戦うの?」

「50匹もの大群となると、鶏どころかこの周辺の住人の身も危険だからね。 ラットリングはチャンスと見れば人も襲って食べるんだ。 養鶏場に戻ろう。 ワリッキ、救援要請は頼んだぞ」



養鶏場に戻るとラットリングだらけだった。

「鶏とラットリングどっちが多いかわかりゃしないわ」

マクランドが軽口を叩く傍らでトマシェは養鶏場の状況を熱心に観察していた。

そのトマシェが「むっ」と顔色を変える。「シャーマンだけじゃなくチーフまで混じっていやがる。 しかも3匹。 あそこと、あそこと... あそこだ」

トマシェが指差すほうを見ると、周囲のラットリングより2回りも体が大きい個体がいる。 身長はエリカとほぼ同じで、体の厚みはエリカよりも遥かに大きい。

「あの、チーフって普通のラットリングとどう違うんですか?」

エリカの問いに例によってパグルが答える。

「普通のラットリングが幾つもの戦いをくぐりぬけたのがチーフだと言われている。 いわば歴戦の戦士だな。 ランクDに分類される魔物だから、チーフ1匹が私たち一人分の強さということになるね」

「チーフ3匹にシャーマン2匹だけでもオレたちに匹敵する戦力だ」とトマシェが状況を分析する。「それに加えて数十匹の並ラットリング。 4人でこれに挑むのは自殺行為だぜ。 どうするパグル?」

「うーん」 パグルも思案顔だ。「孤立している個体をターゲットに、オレたちだけでラットリング退治を始めてもいいが...」

パグルが声に出した思考の行く末をマクランドが言い当てる。

「下手に刺激して全てのラットリングが一斉に襲いかかって来たら目も当てられないわね」

「そうなんだ」

「そうすると、オレたちにできるのは監視ぐらいだな」とトマシェ。「ラットリングの脅威が鶏だけでなく近隣住民にまで及びそうになれば介入、そうならない限り援軍が来るまで静観する」 トマシェは言葉遣いは乱暴だが性格は慎重なのだ。

養鶏場から町までは、ちょっとした山道で片道30分がかかる。 ワリッキの足なら片道15分。 上手く行けば30分ほどで援軍を連れて戻って来るはずだが、ラットリングはそれまで大人しく養鶏場内にとどまっていてくれるだろうか?

養鶏場のオーナーはもう諦め顔である。 残っている鶏と同数のラットリングが侵入してきたのだ。 鶏の全滅は免れない。 今回の被害は農業保険で補償されるだろうが、丹精込めて育ててきた鶏を食べられてしまった彼の心中を他人が容易に推し量れはしない。


しばらくすると鶏はすべてラットリングに食べられ、養鶏場は鶏が一羽もいない名ばかりの養鶏場となってしまった。

ここからラットリングがどう動くか? ラットリングは養鶏場の柵を壊して侵入してきた。 大人しく森に変えるのであれば、壊した柵のほうへ向かうはずだ。 開け放されている養鶏場の門のほうへ向かうなら、近隣住民がラットリングの脅威にさらされる。 『鷹の爪』は戦力不足を顧みずラットリングと戦わねばならない。

一同が養鶏場の外から観察を続けていると、3匹いるチーフのうちの1匹が周囲のラットリングと共に移動を始めた。 養鶏場の門の方向である。

「オレたちだけで戦うことになりそうだ」とパグルが言い、「気が進まねえが仕方ねえな」とトマシェがぼやく。

エリカには1つ気がかりな点があった。 報酬の問題である。 今回のクエストの討伐対象は、さっき倒した20匹のラットリングだけである。 このあと50匹を倒しても『鷹の爪』はタダ働きになってしまうのではなかろうか?

その懸念を口にするとパグルが教えてくれた。

「心配いらないよ。 ギルド・カードには倒したモンスターを記録する機能があるんだ。 そしてラットリングに関しては、クエスト以外で倒した場合にもギルド経由で国から報奨金が支払われる」

「そっかー、それなら安心ですね」 不安の種が消滅して明るい表情を取り戻すエリカ。 彼女にとっては目前のラットリングよりもタダ働きのほうが脅威だというのだろうか。 そんなエリカの余裕を見て『鷹の爪』の面々も少しリラックスしたようだ。

「それより、養鶏場の入り口へ向かおう。 ぐずぐずしてるとラットリングが養鶏場から流出してしまう」

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