ピンチ

エリカの大活躍の一方で、パグルたち3名はピンチに陥っていた。 エリカが目前に迫るチーフ2匹をほったらかしにしてシャーマンを倒しに行ってしまったためである。

マクランドの呪文で5~6匹のラットリングをまとめて倒しはしたものの、チーフ2匹は健在だし、彼らを取り巻く並ラットリングの数は10匹以上。 トマシェだけでパグルとマクランドを守るのは不可能だ。

「エリカのやつめー、チーフをほっぽって飛び出して行きやがって」とマクランドは憤りを隠せない。

「エリカばかりを責められん。 オレがきちんと指示を出さなかった」

パグルはさきほど唱えかけていた呪文の詠唱を中止している。 彼が唱えようとしていたのは魔法攻撃に対する耐性を上げるための呪文だったのだ。 エリカがシャーマンを2匹とも倒してしまった今、もはやその呪文を唱えても意味はない。

「シャーマンめがけて文字通り飛び出していっちゃうなんて誰も思わないぜ。 っと、来るぞ。 2人は後ろに下がってろ」

トマシェはパグルとマクランドを下がらせ単身で10数匹のラットリングに立ち向かう。

並ラットリングはランクFだがラットリング・チーフはランクD。 チーフ1匹の戦闘力はトマシェと互角である。 そのチーフ2匹に加えて並ラットリングまで同時に襲って来るから、トマシェは瞬く間に防御一辺倒に追い込まれてしまった。

ラットリングは続々と到来し、トマシェはラットリングに半ば包囲される。 これだけの敵に囲まれて未だ大きなダメージを受けていないのは、ひとえに彼が重装備の戦士だからである。 しかし、このままではジリ貧だ。 小さなダメージの蓄積でトマシェはやがて倒れてしまうだろう。

そして、トマシェの包囲にあぶれたラットリングたちがパグルとマクランドに矛先を向ける。 パグルとマクランドは呪文を再び唱え始めていたが、ラットリングが至近にまで迫ったために詠唱を中断せざるを得ない。

「エリカっ、戻ってきてくれ!」 ラットリングの攻撃をかわしながらパグルが怒鳴るが、エリカもエリカでラットリングに囲まれて奮戦中だ。 パグルの声が届いたかも定かでない。

そうこうするうちにパグルがラットリングに噛みつかれてしまった。「ぐあっ」 足に齧りつかれた痛みでパグルがしゃがみこむと、別のラットリングがすかさず彼の頭部めがけて棍棒を振り下ろす。

「パグルっ!」 マクランドがパグルの上に覆いかぶさりパグルを棍棒の打撃から守るが、代わりにマクランドがその身に打撃を受けることとなった。 そして、そのマクランドの頭部にさらに別のラットリングが容赦なく棍棒を振り下ろそうとしていた。



ラットリングは棍棒で攻撃するとき、人の頭部を好んで狙う。 人よりも背が低いために通常の状態であれば人の頭にラットリングの棍棒は届かないが、今のマクランドやパグルのように低い体勢にあるときには執拗に頭部ばかりを狙って来るのだ。 人の頭を棍棒で殴るのが効果的であることを経験的に、あるいは本能的に知っているのだろう。

人よりも小柄なラットリングとはいえ、全力で振るった棍棒が頭部に直撃すれば即死しかねない。 そして今、ラットリングが両手でフルスイングする棍棒がマクランドの頭に直撃しようとしていた。 死の淵に立たされたマクランド。 彼女はこのまま撲殺されてしまうのだろうか?

そうはならなかった。

どこからともなく飛んできた一本の矢が、棍棒をフルスイングするラットリングの胸を貫いたのである。 矢に貫かれたラットリングは態勢を崩し、棍棒はマクランドの肩に当たった。 「あうっ」 悲痛な声を上げるマクランド。 しかし致命傷ではない。

それにしても、マクランドを救った矢は一体どこから飛んできたのか?

矢を放ったのはワリッキだった。 彼はハマジリの町のギルドまで援軍の要請に赴いていた。 戻って来るまでもう少し時間がかかるはずだったが...

彼の傍らには小柄な女性の姿が見える。 プラチナ色のショートヘアから除く耳の先が軽く尖っているところを見るとシルヴァリンなのだろう。 彼女がワリッキの連れて来た援軍なのだろうか? 1人だけで十分な戦力になるのだろうか?

そのシルヴァリンの女性は何やら呪文を唱えている。「ベテベテプロント、ディスペライルポルラトリノス...」 彼女の呪文に応じて、傍らの地面に溜まっている水たまりが動き出す。 水たまりが向かう先は『鷹の爪』を襲うラットリングである。

水たまりは人目を奪う素早さでスイスイと移動しながら無数の小さな塊に分裂して、チーフ2匹を含む20匹ほどのラットリングそれぞれの足元に到達し、体をつたって登ってゆく。 ラットリングは水を嫌って振り払おうとするが、水は体にへばりつき振り払えない。

奇怪な水の出現にラットリングの間に動揺が広がる。 水に這い登られていないラットリングも動きを止め、不自然に動く水への警戒心をあらわにする。

シルヴァリンが操る水はラットリングの腹から胸、胸から喉へと上り続け、ついには口の中へと侵入する。 そうして口中に水が侵入したラットリングは数瞬後、溺れているかのようにもがき苦しみ始めた。

実際のところ、水に這い登られたラットリングたちは溺れている。 シルヴァリンが操る水により陸地にいながらにして溺死しつつあるのだ。 肺に無理やり入り込んだ少量の水のために、ラットリングは咳き込むことすらできずに溺死しつつある。

シルヴァリンの登場からわずか数分のうちに、養鶏場の入り口周辺には20匹ものラットリングが倒れていた。 生き残ったラットリングは早々に逃げ去ってしまっている。

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