トノサマ・ラットリング

エリカは神剣を握り直すと、ラットリングの群れに突っ込んで行った。 ラットリングは石槍と弓でエリカに応戦だ。 ラットリング・シャーマンも何匹か混じっていて、中空にファイヤー・ボールを作り出している。 トノサマとおぼしき珍種ラットリングがときおり鳴き声を出しているのは、戦闘の指揮を執っているのだろうか?

エリカは右手に持つ神剣で数匹のラットリングの首を次々と刎(は)ねつつ、左手で別のラットリングが突き出して来る石槍をむんずと掴んでラットリングの手から石槍をもぎ取り、その石槍を風車のように回して弓矢による攻撃をすべて叩き落とす。 その挙げ句に左手で石槍を投擲し、エリカから離れた場所でいくつものファイヤー・ボールを作り出しているシャーマンの胸を刺し貫いた。

だがシャーマンは一匹だけではない。 他のシャーマンたちがファイヤー・ボールの呪文を完成してしまった。 ビー玉サイズの凶悪なファイヤー・ボールがラットリングの間を器用に縫ってエリカのほうに飛来して来る。 その総数は100近く。 しかも、エリカが知っているビー玉ファイヤー・ボールよりもサイズが大きい。 もはやビー玉と呼ぶのがそぐわない、ゴルフボールに近いサイズである。

殺戮に夢中になっていたエリカが我に返ったとき、彼女の手近にラットリングの姿はなくファイヤー・ボールばかりがエリカを取り囲んでいた。 トノサマは巧妙な指揮により、エリカに殺されるラットリングたちを囮として利用して、ファイヤー・ボールによる包囲網を形成していたのだ。

「しまった! ラットリングにしてやられた? もしかしてラットリングって私が思っていたよりも、いや、下手すれば『私よりも』頭が良いんじゃ...」

ネズミ型ヒューマノイドと自分の知能差に関して思い巡らす暇もあらばこそ、無数のファイヤー・ボールが多方向からエリカの至近に迫る。 かなりの速度だ。 まごまごしている時間はない。 エリカは普段あまり使わない頭をフル回転させる。

選択肢その1: 女神様から頂いた全身革鎧の性能を頼みに強行突破? 皮鎧は耐火性だが、ファイヤー・ボールの数が多いしサイズも以前より大きい。 鎧が耐えられても、鎧の中のエリカの肉体が焼けてしまうだろう。

選択肢その2: 神剣を投げてシャーマンを殺す? 神剣は一本しか無いので、殺せるシャーマンも1匹だけ。 加えて、シャーマンが死んでからファイヤー・ボールが消滅するまでにしばらく時間がかかる。

選択肢その3: ファイヤボールの包囲網をジャンプで飛び越える? ムリ。 包囲網がかなりの高さであるうえ、助走するスペースも無い。

そうして色々とアイデアを考えてはボツにしていたエリカだったが、やがて良いアイデアを思いついたらしい。

「そうだ、そうしよう!」

どうしようというのか? ファイヤー・ボールはすぐそこまで来ているぞ。

エリカは神剣を鞘に収めると徐(おもむろ)にしゃがみ込み、地面に無数に転がるラットリングの死体を右手と左手に一体ずつ拾い上げた。 まだ生前の温もりが残る死体である。

そして、2つの死体を正面から迫りくるファイヤー・ボールの群れに投げつけた。 死体が複数のファイヤー・ボールに接触し死体が瞬時に燃え上がる。 そして死体に触れたファイヤー・ボールも消滅して、ファイヤー・ボールの包囲網の一部に穴が空いた。

エリカはその機を逃さず、俊敏に包囲網を抜け出る。 包囲網を形成するファイヤー・ボールが方向を変えて相当な速度でエリカの後を追って来るが、エリカのダッシュに追いつくほどの速度ではなかった。



ファイヤー・ボール包囲網を脱出したエリカは、まっしぐらにトノサマを目指した。

トノサマとエリカの間にひしめく無数のラットリングを左右に斬り捨てながら、エリカはひたすらトノサマを目指す。 ラットリングがこんなに増えたのもエリカがファイヤー・ボールに包囲されたのも、ぜんぶトノサマのせいなのだ。

エリカの後ろには依然としてファイヤー・ボール群が追ってきており、そのファイヤー・ボール群がエリカの通り道から逃げ遅れたラットリングたちの体に次々と着弾する。 着弾されたラットリングは瞬時に炎上し、その炎が他のラットリングにも燃え移って、エリカの後方で大きな混乱が生じた。

ラットリングを斬り捨てて斬り捨てて、エリカはようやくトノサマの元へとたどり着いた。 トノサマが手にするのは鋼の剣。 傍らに控えるのはチーフが4匹とシャーマンが1匹。

トノサマを守ろうと動き始めた4匹のチーフ。 エリカは彼らに飛びかかると瞬く間に斬り伏せた。 いずれも一太刀である。 4匹はいずれも颶風(ぐふう)のように襲いかかるエリカの剣撃にまったく反応できなかった。

トノサマもチーフと同じ運命をたどった。 トノサマの特長は戦闘以外の面にあるらしく、身体能力はチーフと大差なかったのだ。 トノサマはエリカに袈裟懸けに斬られて絶命した。

トノサマを喪(うしな)ったラットリングたちは一目散に集落から逃げ出し始める。 トノサマが死んでようやく逃げ出せるといった趣だ。 ただ、集落の外では討伐隊の面々が逃げるラットリングを待ち受けているのだが。


「これで一段落ね」とエリカは少し気を緩める。

そのときだった。 エリカの背後でラットリングの鳴き声が聞こえたのは。

「ギュッキュ」

声を聞いたエリカの体に悪寒が走る。 妙に嫌な鳴き声なのだ。

振り返ると、鳴き声の出どころはトノサマの傍らにいたシャーマンだった。

「そういえば、トノサマの近くにシャーマンもいたわね」 目立たないから忘れてた。

そのシャーマンは雰囲気が他のシャーマンと違っていた。 トノサマもそうだったが、表情がどこか人間めいているのである。

「なんて気味の悪いラットリングかしら」

しかし討伐隊の一員としてラットリング相手にやることはただ1つ。 エリカは不気味なシャーマンの頭部を神剣で斬り落とした。 目にも留まらぬ早業だ。

シャーマンは自分が斬られた瞬間を知覚できなかったはずである。 だがしかし、エリカは確かに見た。 シャーマンが斬られる瞬間にニヤリと嗤(わら)ったのを。

ラットリングって笑うのかしら? エリカはラットリングに詳しくはないが、ラットリングは笑うことが無いような気がする。 ラットリングは笑うほどに高等な生物ではないはずだ。

エリカに切断されたシャーマンの頭部がドスンと地面に落ち、シャーマンの心臓の鼓動が停止する。 そしてその瞬間、エリカは極度の疲労感に襲われた。

「くっ」 あまりの体の重さに、思わず地面に片膝を付いてしまうエリカ。 まるで、今日ここまでの戦闘を転生前の肉体でこなしてきたかのような疲労感だ。 それが、ずっしりと体全体にのしかかる。

大部分が逃げ去ったとはいえ、周囲にはまだ何匹かのラットリングが残っている。 エリカが何やら弱っている様子を見て、近くにいたラットリングが口元のヒゲをひくひくさせながら近づいて来る。 「あれれっ、何か弱ってる? ねえ、弱ってるの?」と言わんばかりだ。

さらに、そのラットリングの様子に気付いた別のラットリングが、「あれ、何か弱いのを見つけたの?」という感じで近寄ってきた。 ラットリングは弱い者が大好きなのだ。

「マズい。 このままじゃラットリングに群がられちゃう」

ラットリングに群がられないためには、強いところを見せなくてはならない。 エリカは鉛のように重い体にムチ打って両足でしっかりと立ち上がり、近づきつつある2匹のラットリングを睨みつけた。

ラットリング2匹は、立ち上がったエリカに警戒を高めるものの逃げようとはしない。

「1匹だけでも殺して見せなきゃダメか」 エリカがそう決意すると、その殺気を感じたのかラットリングは2匹とも逃げ出した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です