福引きの木④

翌年以降も福引きの木は毎年1個ずつ実を生らせた。 福引きの木の実に関しては私の鑑定能力が大いに役立ってくれた。 単に「福引きの木の実」と表示されるのではなく「福引きの木の実:(効果)」という具合に表示してくれるのだ。

3つ目の果実は、「福引きの木の実:長寿」だった。 私は福引きの木の種を持ってきてくれた祖母に感謝しつつ、喜んでこの果実を食べた。 体感できる効果はまだ出ていないが、私は未だ30代である。 効果を実感できるのは先のことだろう。

4年目から9年目にかけての果実の効果は、天気予報・ピン逃げ・投資・透視・災厄・養豚というものであった。

「天気予報の実」を食べると100%の確率で天気を正しく予想できるようになった。 地味に便利である。 食べるのが2回目になるであろう「投資の実」は、食べても何の効果も得られなかった。 すでに100%の投資成功率を誇っているのだから当然かもしれない。 「災厄の実」は食べなかった。 鑑定能力が無かったら気付かずに食べていただろう。


そして10年目、福引きの木に2つ実が生った。 異例の事態だ。 2つの果実を鑑定すると、1つは「目覚めの実」で、もう1つは「目覚めない実」だった。

どちらの果実も名前からは効果がわからないが、私は「目覚めの実」を食べる気にならなかった。 現在の私の幸せが失われてしまう、そんな気がしたのだ。

その一方でまた、「目覚めない実」を食べる気にもなれなかった。 私の懸念を理解するには、例えば「彼は目覚めなかった」という表現がどのような状況で使われるかを想像してみるといい。

それにしても今年の2つの果実は、いかにも何かの選択を私に迫っているようではないか。 2つの実の処遇を決めかねた私は判断を保留することにした。 一方あるいは両方の果実を食べるにしても、それが今日である必要はない。 果実はまだ数日間は食べ頃だ。


その夜、私は夢を見た。

私は病院のベッドに横たわっており、その傍らに妻が座っている。 妻は私の手を取り悲しげに微笑みながらつぶやく。 「いつまで寝ているのかしら。 本当にお寝坊さんね」 そう言って、彼女はポロリと一粒の涙をこぼした。

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