狂戦士エリカ

養鶏場の入り口までやって来た『鷹の爪』の4人。 養鶏場オーナーは安全な場所に退避させている。

入り口へ向かって来るのはチーフが1匹に並ラットリングが5匹。 しかし、このグループと戦い始めれば、他のラットリングも間違いなく戦闘に参加してくる。 厳しい戦いになるのは必至である。

しかしエリカはその認識を他のメンバーと共有していなかったようだ。 彼女は仲間に一言も告げず、養鶏場の入り口に接近するラットリング集団を目指して飛び出していった。

「また、1人で勝手に突っ走りやがって」 トマシェが苦々しげにつぶやくが、その声はエリカには届かない。

エリカはランクD戦士の2倍の速度でラットリング集団に駆け寄ると、神剣を鞘から抜き放ち手近な並ラットリングを荒々しく斬り倒した。 並ラットリングはエリカの圧倒的なスピードとパワーの前に手も足も出ず、血しぶきを撒き散らしながら地面に倒れる。

1匹、2匹、3匹... 凄まじい速度と力で並ラットリングを次々に斬り倒してゆくその様はまるで暴風雨のごとし。 彼女が未だランクFの戦士に過ぎないと聞いて信じるものはいるまい。

そして4匹目。 「ギィン」という音を立ててエリカの剣が防がれる。 剣撃を受け止めたのはラットリング・チーフだ。 チーフは並ラットリングと違って長剣を手にしている。 ラットリングに金属製の武器を作る技術は無いから人間の戦士から奪った長剣なのだろう。

チーフはエリカと同じ背丈だが遥かに筋骨逞しい。 まさに歴戦の強者といった風格である。 そんなチーフであったが、エリカの細腕に宿る超人的いや超常的なパワーにはかなわなかった。 エリカの剣撃の威力を受け止めきれずよろめくチーフ。

エリカはその隙を逃さず鋭く踏み込むと、剣の柄を両手で握り、「えいっ!」とチーフの胸板に神剣を突き立てた。 チーフの胸に柄まで突き刺さった剣を引き抜くと傷口から血が溢れ出す。 致命傷である。 チーフは背中から地面に倒れ込んだ。

チーフを倒した後もエリカの動きは止まらず、背後から襲いかかる2匹の並ラットリングの攻撃を野獣じみた俊敏さでかわすと、あっという間に2匹を斬り伏せてしまった。

「あいつ、なんかまた強くなってない?」

マクランドのつぶやきにパグルが同意する。

「そうだな。今回のクエストでまた一段と強くなったようだ。強さに限って言えば、もうオレたちとは桁違いの存在だ」

「さすがはフィート持ちってところか。 しかし、強くなるにしたがって野性味もでてきたようだぞ?」とトマシェ。「もうオマエでは、あのじゃじゃ馬娘を御しきれないんじゃないか、パグル?」

「最初から御そうとは思っちゃいないさ。 オレがマヒュロさんに頼まれたのは、エリカに冒険者としての手ほどきをすることだけだからな」



エリカが並ラットリング5匹とチーフを倒すのに要した時間は数分に満たなかった。 しかしそれでも、他のラットリングたちが喧騒に気付いて養鶏場の入り口付近へと集まり始めていた。

エリカが圧倒的な強さを示しはしたものの、ラットリングたちの頭の中では自分たちのほうが優勢である。 それゆえに逃げない。 そして、ラットリングの認識は間違ってはいない。 ラットリングは未だ50匹近くも残っており、一斉に襲いかかられれば『鷹の爪』は壊滅を免れないのだ。

「来るぞ。 マクランド、ラットリングが集まってるところに魔法をぶちかましてくれ」

パグルはそう指示を出すと自分も呪文を唱え始める。 「ドンデケドエルベラノアケルケノスウニョドンデセフエ...」

エリカは養鶏場の入り口に立ち、ラットリングの群れを待ち構える。 その横顔に恐れや不安の類は見られない。 トマシェはエリカの後ろで、接近戦の技能を持たないパグルとマクランドを守る構えである。

ラットリングの群れは示し合わせたかのように秩序だって『鷹の爪』に襲いかかろうとしている。 実際のところ示し合わせているのかもしれない。 ラットリングたちはさきほどから「ギューギュー」「ギュルギュル」「ギギュギギュ」などと盛んに鳴き声を立てている。

ラットリングの群れの先頭に立つのは2匹のチーフである。 強い者が弱い者を矢面に立たせるのではなく自らが矢面に立って戦おうというのである。

ラットリング・シャーマン2匹は群れの中ほどで並ラットリングに囲まれている。 シャーマンの近接戦闘の能力は並ラットリングと変わらないから、貴重な魔法使いをああやって守っているのだろう。


しきりに鳴き声を立てながら接近して来るラットリングの群れ。 『鷹の爪』との距離が近づき緊張状態がまもなく極限に達する。

そのときエリカが動いた。 何歩か後ろに下がって助走をつけたかと思うと、物凄い勢いでブワっと前方にジャンプしたのだ。 エリカが踏み切った周囲で砂埃が激しく舞う。

しかし前方はラットリングの群れである。 エリカは一体何を考えているのだろうか?

エリカは跳躍時の姿勢を保って中空を滑空する。 群れの先頭に位置する2匹のラットリング・チーフの頭の上を飛び越え、その後ろに何匹も続くラットリングも飛び越え、20m以上を跳んだ挙げ句に彼女が着地したのはラットリング・シャーマンの頭の上だった。

エリカは最初からシャーマンに飛び蹴りを食らわせるつもりで大ジャンプを敢行したのだ。 大ジャンプの威力が乗った凄まじい飛び蹴りにシャーマンは首の骨を折って即死。 死体は蹴りの勢いで地面になぎ倒された。

エリカはシャーマンに飛び蹴りを叩きつけたのち片膝を着いてズザッと着地し、立ち上がりざまに鞘から抜いた神剣で周囲の並ラットリングを斬り倒し始める。

並ラットリングの目に映るエリカは、まるで扇風機のようなものである。 それも羽が刃で出来た扇風機だ。 うかつに手を出すこともできず、手をこまねいているうちに斬られてしまう。

しかし残る1匹のシャーマンは並ではなかった。 シャーマンが「ギュギュッ」と鳴くと、禍々しくも赤黒い色をしたビー玉サイズの火の玉が3つ、4つと空中に出現し始める。 追尾能力を持つ超小型のファイヤー・ボールである。 魔法を阻止したいエリカはシャーマンに近づこうとするが、周囲の並ラットリングが障害となって思うように進めない。

そうするうちにも灼熱のビー玉の数は10を超え、まだなお増え続けている。 先の戦いでエリカが倒したシャーマンはマクランドの攻撃魔法で死にかけだったために炎のビー玉を6つしか出せなかったのだろう。

灼熱のビー玉がエリカの鎧を貫けないとは言え、防具で覆われていない素肌に当たれば大火傷は間違いない。 ましてや、ここはラットリングの群れの真っ只中。 少しでもエリカの動きが止まればラットリングは即座にその巨大な門歯をゾブリとエリカの体に突き立てるに相違ないのだ。

エリカの身体能力であれば活路を切り開いてシャーマンから逃げることも難しくはないはずだが...

エリカは逃げなかった。 彼女は神剣を逆手に持つと腕を後方に大きく引き絞り、炎のビー玉を増やし続けるシャーマン目がけて剣を投げつけた。

女神様からもらった長剣は凄まじい勢いで中空を進み、シャーマンの手前にいたラットリングの胸を貫き、次いでシャーマンの胸を見事に貫いた。 2匹のラットリングは瞬時に絶命し、剣に残る勢いにより地面に押し倒される。 シャーマンが作り出した炎のビー玉は、術者が死亡したためにゆっくりと消滅していった。

2匹のシャーマンを排除したエリカ。 しかし、彼女は素手でラットリングの群れの中にいる。 このピンチをいかにして切り抜けようというのか?

エリカは目前のラットリングにずんずんと歩み寄ると、そのラットリングが手に持つ棍棒を無造作に掴んでラットリングの手から棍棒をむしり取り、再び周囲のラットリングを血祭に上げ始めた。 その様はまるで狂戦士である。 前世で彼女が普通の女子大生であったと誰が信じられようか。

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