盗賊団との戦い

廃寺の本堂までやって来たエリカとサクランヌ。

エリカたちの侵入に勘付いたのだろう、本堂の前に盗賊たちが集っている。 その数はざっと50人。

彼らの中央にいるのが盗賊団のボスに違いない。 ボスは中肉中背の男性で、金属製の胴鎧を身に付け、槍を手にしてる。 その表情は自信に満ち、放つ雰囲気が周囲の盗賊とはまるで違う。

ボスが朗々とした声でエリカとサクランヌに問いかける。

「侵入者はオマエら2人だけか?」

「侵入っていうか、盗賊退治に来たのは私たち2人だけです」

正直に答えるエリカ。 正直さはエリカの主要な美徳の1つだ。 彼女の美徳の大部分を正直さが占めると言ってもいい。

サクランヌはといえばボスの言葉を聞いていなかった。 彼女は水不足に悩んでいたのだ。

「まいったなー。 こんな多人数と同時に戦うハメになるなんて。 水たまりだけじゃ水が足りないよ」

そう嘆きつつサクランヌは廃寺の敷地内を見回していたが、やがて喜声をあげる。 「おっ、井戸があるじゃん」

井戸と言っても釣瓶で水を汲み上げるタイプの深井戸ではなく、湧き水に近いタイプの浅い井戸だ。 地面を階段状に掘り下げて作った小さなプールに清水が溜まっている。

「素敵な水ぅー。 さすがは寺院の井戸...」

サクランヌはしばしの間うっとりと水を見つめる。

うっとりするサクランヌをよそに、盗賊団のボスは手下に指示を出す。

「一斉にかかれ。若い女だ、できれば殺すな。だが用心しろよ、2人だけで来るなんてのは尋常じゃあない」

エリカがサクランヌの袖を引っ張って注意を喚起する。

「サクランヌさん、サクランヌさん、奴らが襲ってきます」

「ん? あー、じゃあ水不足はこれで解消されたとして、エリカちゃん、さっき言ってたように攻撃は私に任せて防衛に専念してね」

「はーい」

「ベンベンアカ、ベンアカ...」 サクランヌが呪文を唱えると、井戸の清水が一本の小川のようになって井戸の階段を登り、地面を這いサクランヌのほうへ流れて来る。

エリカは盗賊団とサクランヌの間に陣取る。 一斉に襲い来る盗賊たちからサクランヌを守る構えだ。

盗賊団の作戦は、弓を持つ者が戦士であるエリカを攻撃し、剣や槍を持つ者はエリカを迂回して左右に別れサクランヌに襲いかかるというものだった。 10数本もの矢がエリカ目がけて放たれ、数十人の盗賊がサクランヌに近づこうとする。

しかしエリカは盗賊たちの攻撃すべてを一手に引き受けて防ぎ得た。 低レベルの盗賊が安物の弓で放つ矢などエリカにとっては幼児が投げるゴムボールのようなものだったし、サクランヌへと襲いかかる盗賊たちの移動速度もエリカの1/4だ。

シュルシュルと飛来する10数本の矢がエリカの立つ場所に到達する直前、エリカはその場から姿を消した。 常人の目では負えないほどの速度で移動したのだ。 エリカが立っていた地面に矢が突き立つ。

姿を消したエリカはどこへ行ったのだろう? 彼女は、右方からサクランヌに襲いかかろうとする集団の前に移動していた。 そこで瞬時に4人ほど斬り伏せると、エリカは再び姿を消す。 彼女の次なる移動先は、左方からサクランヌに襲いかかろうとする集団の前である。 エリカはそこでも瞬時に数名を斬り伏せる。

エリカの戦闘能力に盗賊団員たちは戦慄する。

「何だこの女、強え」「あの細腕で...」「普通じゃねえよ」「ボスより強えんじゃねえのか?」

しかし盗賊団ボスに動揺は見られない。 冷静な声で団員に指示を飛ばす。

「固まるな。バラけろ」

指示に従い散開する盗賊たち。 そしてボス自身も参戦しようと足を踏み出す。

盗賊と盗賊の間のスペースが広がったため、エリカは数人をまとめて斬り捨てられなくなり、エリカがカバーすべき範囲も広がった。 ボスの指示1つで、盗賊たちのサクランヌへの接近を阻むのが格段に困難となってしまったわけだ。

加えて、戦闘開始以来ずっと高速で動き続けているため疲労も蓄積しつつある。 今のエリカにはまだ、相応の労力を費やさずしては盗賊が姿を見失うほどの高速を出せないのである。

サクランヌが井戸から呼び寄せる水が到着するには、もう少しかかる。 井戸からの距離もさることながら、サクランヌが普段使用している水たまりに比べて水が移動する速度が随分と遅い。

「ベンベンプロントアクダノス...」

額に汗を滲ませながら呪文を唱え続けるサクランヌ。 その彼女の前でエリカがサッと剣を振る。 カカッ。 何事だろう? 矢だ。数本の矢がサクランヌ目がけて放たれたのだ。 どうやら盗賊団の射手は射ても当たらぬエリカよりもサクランヌを標的にし始めたようだ。 そして、それによってエリカの負担はさらに増す。

エリカが切り落とした矢が地面に落ちる間もあればこそ、槍を持った盗賊が右手から襲いかかる。 エリカは神剣で槍をキンっとはじき飛ばすと盗賊の懐に入り込んで胸に剣を突き立てる。 突き立てた剣を胸から引き抜き終えもしないうちに、今度は左手から盗賊が...

「あー、もうやっていられないわッ!」

エリカは神剣を鞘に収めると、盗賊の斬撃を剣の腹を左腕で叩いて弾き飛ばし、詠唱を続けるサクランヌを右肩にかついで戦闘の現場から逃げ出した。 エリカの後を追ってサクランヌが愛用する水たまりも移動する。 この水たまりはサクランヌが指示しなくても自動的に後を付いて来るらしい。



エリカはサクランヌをかついでいるが、それでも盗賊たちは彼女に追いつけず、盗賊団とエリカの間の距離がみるみる広がる。 エリカとサクランヌを狙って何本もの矢が放たれるが2人を捉えること能わず、エリカが走り去った後の地面に空しく突き刺さる。

サクランヌはエリカの肩にかつがれながらも詠唱を続け、やがて最後まで呪文を唱えきった。

「ディスペライル... ポルロスバンディドス!」

呪文の完成に伴い、井戸から流出してきた大きな水たまりが無数の小さな水たまりに分裂し、エリカたちを追う盗賊たちの後を追う。

サクランヌは呪文を唱え終えてしばらくの間、放心したようにエリカの肩にグッタリとかつがれていたが、やがて口を開いた。

「止まって、エリカ」

言われるままにエリカは足を止め、サクランヌを地面に降ろす。

地面に立ったサクランヌは、傍らに控える愛用の水たまりに向けて呪文を唱える。

「ディスペライルポルロスバンディドス」

すると愛用の水たまりも小さな水たまりに分裂し、追いかけて来る盗賊たちへと向かう。 盗賊の後ろからも井戸の水たまりがやって来ているので、盗賊たちは井戸の水たまりと愛用の水たまりに挟み撃ちにされる格好だ。

サクランヌ愛用の水たまりは、やはり動きが素早い。 分裂した愛用水たまりはスルスルと地面を這って移動すると、エリカたちを追いかける盗賊の先頭集団へと到達する。 そして、盗賊たちの足元に器用に取り付くと脛・胴体・喉と這い上がってゆき、口や鼻から体内へと入り込んだ。

盗賊たちは息を荒げて全速力で走っていた。 当然、呼吸器はフル稼働中である。 そんな呼吸器に水が入り込んだため、先頭集団の盗賊たちはひとたまりもなかった。 「んんっ」「ぶむっ」「むぐん」などと声にもならぬ声を立て、ある者は立ち止まって喉元を掻きむしり、ある者は転倒して起き上がれずといった有様である。

水たまりを免れた盗賊がエリカとサクランヌに襲いかかるが、これにはエリカが対処した。 盗賊の人数が減っているため、疲れたエリカにも余裕を持って対処が可能だ。

そして、後ろからも井戸の水たまりが盗賊たちに襲いかかる。 こちらの水たまりは少し動きが鈍いものの、それでも一度取り付かれたらもう逃れられない。 手で払おうとしても、まとわり付いて離れないのだから。

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