霊泉にて

エリカは隊長の遺骸から神剣を取り戻し、サクランヌの手足を縛る縄を切断した。

「ありがとう、エリカちゃん。 ずっと手足が辛かったんだぁ~」

意識を未だ回復していなかった密猟団の手下たち6人の始末も終えて、いまエリカとサクランヌは今後の予定について話している。

「どうするエリカちゃん、呪いはもう解けたけど霊泉まで行ってみる?」

「そうね、水浴びをしたいし」

ラットリング退治のときから2人は水浴びをしていない。 ラットリングの返り血を布で拭うぐらいのことはしていたが、汗やら泥やらで2人とも大層汚れている。

「でも、もう夜だし、霊泉に行くのは明日だね」

エリカとサクランヌは密猟団の遺品を漁って入手した食料で腹を満たすと、密猟団が使っていたテントで眠ることにした。

◇◆◇◆◇◆◇◆

翌朝、密猟団の野営地を出てまもなくのことである。

サクランヌが「あれっ!?」と嬉しそうに声を上げて駆け出した。

走りながらサクランヌは歓喜の声を上げる。「水たまりっ!」

彼女が走る方向にエリカが目を向けると、そこには確かに1匹の水たまりの姿が。

水たまりとサクランヌは互いに走り寄り、再会を喜び合う。 「私を追いかけてきたんだね!」

サクランヌの声に応えるかのように、水たまりはサクランヌの足元を這い上がり、体を薄く伸ばして彼女の体を這い回る。 なるべく多くの面積でサクランヌと触れ合いたいと言わんばかりだが、実のところ水たまりはサクランヌと離れているあいだ供給が途絶えていたマナを補給したいだけである。

昨晩、エリカがサクランヌの手足を縛るロープを切ったときから、水たまりはサクランヌが発する魔力を頼りに彼女を探し始めたのだろう。 やはりあのロープには縛られた者の魔力を封じる作用があったのだ。

「ねえ、サクランヌさん、その水たまりに名前を付けてあげないの?」

「付けるわけないじゃん。 ペットじゃあるまいし」

サクランヌと水たまりが戯れる様子は、飼い主とペットが戯れる姿にしか見えないのだが。

「でも、『水たまり』ってなんか呼びにくくない? 語呂が悪いっていうか... もっと呼びやすくて可愛い名前のほうがいいと思います。もう一匹との区別... あっ、そういえば、もう一匹の水たまりちゃんはどうしたのかな?」

エリカにそう言われサクランヌは目を瞑って何かを探る様子。

「こっちに向かってはいるよ。 2つ目はまだ飼い込んでないから、私の魔力を探知する能力が低いし、足も遅いんだょ。 あとエリカちゃん、水たまりに『ちゃん』を付けて呼ばないでくれる? ペットじゃないんだから~」

水たまりをペットとして扱うことを頑なに拒否するサクランヌであった。

◇◆◇◆◇

◇◆◇◆◇

エリカとサクランヌはその後2匹目の水たまりとも合流し、霊泉を目指して再び歩き始める。 そして10分もしないうちに目的地に到着した。「こんなに近かったんですね」

霊泉は草地に囲まれた小さな泉で、そこから溢れ出る清らかな水が小川となって流れ出ている。

霊泉の周りはぬかるんでいて足場が悪いため、エリカは霊泉から流れる小川に近づき水の中に手を入れてみた。

「きゃっ、冷た~い!」

こう冷たくては水浴びはできそうにない。 代わりにエリカとサクランヌは、霊泉の水で体を拭くことにした。 素っ裸になり、霊泉の水で濡らした布で全身を拭(ぬぐ)う。

2人とも汚れがひどいので、布はすぐに真っ黒に汚れてしまう。 汚れた布を揉み洗いすると小川の水が黒く濁るが、その濁りは霊泉から次々と溢れ出す清浄な水によって、すぐに薄まり下流に押し流されるのだった。

そうして何度も、布を洗い清めては体を拭うエリカとサクランヌ。 汚れが落ちるにつれ、2人の若い肌の瑞々しさが顕(あらわ)になってゆく。

体を拭いてサッパリした2人は再び衣服を身に着けると、小川の岸に座ってのんびりと過ごすことにした。 戦士の休息というやつである。 ここ数日間の緊張の連続で2人は心身ともに疲弊していたのだ。

「サクランヌさん、ここの水はペットにしないんですか?」

「ペットって?」

「水たまりの話ですよ。 3匹目を作らないのかな、って」

「ここの水はちょっとクセが強いんだょ」

「そうなんですか。 また呪いにかけられたときのために、聖泉の水をペットにしてくれたら安心なんですけど...」

「あー、確かにそうだね。 今回はホントひどい目に遭ったもんね」

他愛のない話をするうちに、2人はいつしか眠り込んでしまった。 密猟団のテントで過ごした昨晩は熟睡からほど遠く、2人とも睡眠不足であった。

目を覚ましたのはエリカが先だった。 サクランヌはすぐ隣で、草むらに顔を半ばうずめるようにしてスヤスヤと寝息を立てている。 プラチナ色の髪の毛に、桜色の頬。 小さな手と白く細い指。 冒険者ギルドでは「サクランヌさん」と呼ばれ畏敬される存在だが、こうして見ると12~13才の少女にしか見えない。

「可愛い...」

エリカは思わずサクランヌの頭を撫でた。

撫でながら戯れに、小声で「サクランヌちゃ~ん」などと呼んでみたり。

そうこうするうちに、サクランヌを撫でるエリカの手に水たまりが絡みついて来た。 1号かな? それとも2号かな? エリカには1つ目の水たまりと2つ目の水たまりの見分けが付かない。

水たまりはスルスルとエリカの腕から肩へと登って来る。 水たまりに登られる新鮮な感覚に浸るエリカだったが、水たまりはやがてエリカの首に到達し、口元までやって来た。

あれ? これってヤバい? エリカの瞼の裏に浮かぶのは、水たまりに溺死させられるラットリングや盗賊の姿。

水たまりの侵入を防ごうとエリカが口を閉じると、水たまりはエリカの鼻の穴に侵入し始める。 手で払い落とそうとしても払い落とせない。 手の隙間からスルリと漏れ出し、ひたすらエリカの鼻の穴を目指すのである。

このままでは溺死してしまう。 もはや一刻の猶予もならない。 エリカはサクランヌを目覚めさせようと少しばかり激しく揺さぶる。

やがて目覚めたサクランヌは寝ぼけ眼だ。

「んー? どうしたのエリカちゃん?」

エリカは自分の顔を指差し、必死でサクランヌに訴える。

「んー? あれっ? あら大変! パラエルアタケ! ベンアキ」

サクランヌが呪文を唱えると、水たまりはエリカの鼻の穴から潮が引くように出ていき、エリカの首・腕・手と伝って地面に降りた。 そしてサクランヌの手元まで移動する。

「エリカちゃん、だいじょうぶ? 何があったの? 私に攻撃しない限り、水たまりは勝手に人に襲いかかったりしないはずだけど...」

「サクランヌちゃんの頭を少し撫でさせてもらったの。 サクランヌちゃんの寝顔が可愛かったから」

それを聞いたサクランヌは微妙に照れながら言う。

「それを水たまりが攻撃と勘違いしたんだね。普段からエリカちゃんがもっと私に触れていれば、エリカちゃんが私に触れても水たまりが攻撃しなくなるょ」

「水たまりが学習するってことね」

「そういうこと」

「そうなんだー」

さっそく水たまりの教育を開始しつつ、エリカはつぶやく。

「...学習する水たまりって、やっぱりペットみたいなんだけど?」

「ペットじゃないょ」

そう否定しながらも、気持ちよさそうにエリカに撫でられ続けるサクランヌであった。

◇◆◇

2日後、エリカとサクランヌはハジマリの町へと帰還し、冒険者ギルドで報告を済ませた。 ラットリング討伐の報酬としてエリカに支払われた金額はざっと1千万ゴールド。 わずか数日間でこのような大金を稼いだエリカは、辛い目に遭ったことも忘れてホクホク顔である。

エリカがアパートの部屋に戻ると手乗りドラゴンのヤマブキがエリカに飛びついてきた。 「ピギー」

エリカが留守にしている間のヤマブキの世話はアパートの管理人さんにいたのだが、手乗りドラゴンたるヤマブキにとって4日間も乗るべき手の平が無いのは非常に辛いことだったのである。 手乗りドラゴンは自分が認めた人間の手の平にしか乗ろうとしない。

「ごめんね、寂しかったでしょう」

エリカはそう言ってヤマブキを胸に抱くが、ヤマブキはエリカに抱かれるよりも手の平に乗りたがる。 手乗りドラゴンの面目躍如といったところだろうか。

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